ご挨拶

受験生時代からこのブログを続けてきましたが、弁護士となって以降、ブログを更新する時間がなく、ブログに書けるようなネタもなく、息抜きで始めたブログが自分にとって負担となって久しく、海外研修記が終わるまではと頑張って書いてきましたが、海外研修記も終了しましたので、ブログの更新を終了したいと思います。


ブログを始めてから4年半、長い間お世話になりました。
弁護士になって1年8か月、何とかクビにならずに働いております。
今後も自分なりに何とかやっていきたいと思いますので、温かい目で見守ってやってください。

海外研修記その20 〜ネパール編④〜

海外研修記、ようやく最終回となりました。
<街角の風景>

カトマンドゥの街中、タメルにあるストゥーパ
街中のいたるところに、ストゥーパやお寺、お地蔵さんのようなものがあって、とても大事にされています。信仰が生活の一部になっていて、神様と人間が一緒に生活しているような感覚になります。

切手になった有名な窓。ネパールの建物は精巧な木彫りをたくさん使っているのが特徴です。

バンギャムダ。歯の神様です。
歯が痛くなったときにお参りにくるといいそうです。この近くには、入れ歯屋さんや歯医者さんが多いです。



今回行って、12年前に来たときとの違いに驚いたバイク。
カトマンドゥはのんびりしていて落ち着いた町というイメージだったのが、バイクの多さにびっくり。バイクはヤマハ、ホンダ、スズキ等日本製ばっかり。生活水準が向上したといえるのでしょうか。

タメルの路地でもこんな感じで、バイクが次々通っていくので、うるさいし危ないし落ち着きません。事故が増えたんじゃないかなあ。
12年前と変わっていてがっかりしたのは、街中を歩いているとマリファナの売人を結構見かけたこと。ホテルでもフロントの兄ちゃんに言えば、簡単に手に入るようでした。それ目的でネパールに来ている日本人もいて、なんだか治安が悪くなったなあと残念に思いました。



水汲みにきた女の子。姉妹かな?
一般の家には水道が通ってないのか、飲食に使う水だけくみにくるのかはわかりませんでしたが、所々こういう水汲み場があって、入れ物をもって水をくみに来ている人を見かけました。

豚肉屋。生々しいですね。豚のうめき声が聞こえてきそうです。

鶏肉屋。こちらは鶏の叫び声が聞こえてきそうです。ちなみにこの横には生きた鶏がかごに入っていて、さらに哀愁を誘います。

ペットショップ?これは食用ではないですよね?

移動式バッグ屋さん。チンドン屋を思い出しました。


<食べ物>
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ネパールの定番の食事。ダルバート
ダル(豆のスープ)、バート(炊いた米)にタルカり(野菜のおかず)がついているのが基本です。店によっては肉がついていたり、ローティー(小麦粉に水を混ぜて発酵させずに焼いたクレープ状のパン)がついていたりします。

ケーキ屋さん。ケーキは12年前よりぐっと美味しくなっていましたが、結構大きくて甘いので、2つ食べるとちょっとくどかったです。

ネパール最後の朝食。モモとチーズケーキ。本能の赴くまま、食べたいものだけの朝食です。
モモはやはり、チベットよりネパールの方がおいしいです。チーズケーキもなかなか。


朝食後、お土産を買って空港へ。母親のリクエストは、山のハガキ、山のカレンダー、ランプシェード、お香、紅茶等。餞別もくれないのにお土産のリクエストだけはやたらとしてきます。私が海外行くというと、「そんなところ行きなさんな」と一応反対しながら、図書館でガイドブック借りてきてお土産を調べ、「これ買ってきて」とねだるのは昔から変わりません。


空港では飛行機に乗るまでのセキュリティチェックの厳しさにびっくり。12年前はざるチェックだったと思うのですが、どこも今はこんな感じなんですかねえ。
カトマンドゥの空港からタイ航空(バンコク経由)で帰国。職場へのお土産は、バンコクのトランジット中に、チベット土産とはとても思えないマカダミアナッツ入りの象の形のチョコレートを買いました。チベットもネパールも、職場向きの適当な食べ物が全くないんですよねえ。
同じようにネパール帰りにバンコクでチョコレートを買っていた日本人のお兄さんと話をしていて、「チベットに行ってきた」と言うと驚かれ、職業を聞かれたので、「今は一応公務員扱いで、うまくいけばもうすぐ弁護士になりますが、一歩間違えればニートですね」とよくわからない返事をすると、さらに驚かれ、「弁護士には見えない」と言われました。
何とか無事に弁護士となり、もう1年半以上たちましたが、弁護士らしく見えるようになったかはよくわかりません。

海外研修記その19 〜ネパール編③〜

<パタン>
パタンのダルバール広場。世界遺産です。
パタンは長い仏教の歴史をもち、今も住民の8割が仏教徒だそうです。
カトマンドゥのダルバール広場は観光地化されすぎてますが、こちらの方がお寺も現役の信仰の対象という感じで雰囲気がよく、建物も見ごたえがありました。

同じ仏教のお寺でも、国によって雰囲気は全然違いますね。

アンコールワットのような雰囲気もあります。
手前の像は、鳥人ガルーダの像です。
ネパールにはお釈迦様が生まれたルンビニがあり、仏教徒も多いのですが、現在は圧倒的にヒンドゥー教徒が多く、カースト制度もあります。
シヴァ寺院、クリシュナ寺院など名前だけ聞くとヒンドゥー教のお寺だと思うのですが、実は仏教のお寺だったりします。マニ車などチベット仏教と同じところもありますが、祀られている仏像はヒンドゥー教の神様のように見えます。
仏教のお寺かヒンドゥー教のお寺かは全く区別がつきません。ネパールでは仏教とヒンドゥー教が融合し、どちらの宗教も認め合っているように感じます。
ヒンドゥー教徒(インド)とイスラム教徒(パキスタン)は分離してしまったけど、ヒンドゥー教徒仏教徒は一緒にやっていけるんでしょうね。同じ土地で生まれた宗教だからかと納得しかけましたが、それならユダヤ教キリスト教イスラム教の関係は・・・。
宗教意識の希薄な日本人には、このあたりの対立がいまいちピンとこないんですよね。仏教は他宗教と敵対しにくいのでしょうか。

立派なストゥーパです。

狛・・・犬?
口が阿吽ではないですね。

狛象?
口が開いているのかどうかもわかりません。

旧王宮。

ゴールデンゲート。上の窓から王たちが公衆の前に姿を現したそうです。

通り沿いにひっそりあるお地蔵さんのような仏像。
ネパールには街のあちこちにこういう仏像があり、たくさんの人がお参りしていきます。
赤く塗られているのは、ティカ(祝福の印)です。私も以前ネパールに来たときに、ネパリーからティカをたくさんつけられました。


チベット難民キャンプ>
パタンのダルバール広場から1kmくらい離れたところにチベット難民の居住区があります。
1959年以降、亡命したチベット人は、ネパールにもたくさん住んでいます。ネパールは比較的チベットと気候が近く、インドより住みやすいのではないでしょうか。

チベットの建物ですね。なんだか懐かしくてほっとします。
ここではカーペットを作って販売しており、製作過程を見学できます。

糸を紡ぐ人。

織る人。

完成品。虎を玄関マットに買って帰ろうかと一瞬思いました。
売上は難民キャンプの運営に使われるとのことで、貢献したかったのですが、手織りだけあって高いし、日本まで運べないし、カーペット売り場で飾られていたダライ・ラマ14世の写真の前に心ばかりの寄付金だけ置いて帰りました。当たり前ですけど、ネパールではダライ・ラマ14世の写真を堂々と飾ることができるんですね。
カーペットの売り子さんや、作っている人たちに、「タシデレ(こんにちは)」、「カレシュ(さようなら)」とチベット語で挨拶すると、みんなすごくうれしそうに返してくれました。
帰りにチベット人のおじさんにカトマンドゥ行きのバス停の場所を聞いたら、バス停に連れて行ってくれて、バスが来るまで一緒に待ってくれました。優しい。
おじさんに「チベット行ってきた」と言うと、すごい笑顔になりました。ポタラ、ノルブリンカ、ジョカン、ガンデン・ゴンパ、セラ・ゴンパ、ヤムドク湖、タシルンポと行ってきた場所を言うと、とても嬉しそうです。
このおじさんはいつ、どういう経緯で亡命を決意し、チベットを離れたんでしょう。中国に好き勝手やられている今のチベットをどう思っているんでしょう。陸続きの隣の国にいるのに、故郷には死ぬまで帰れないかもしれません。
帰りたかろう。

海外研修記その18 〜ネパール編②〜

<ダルバール広場>
カトマンドゥのダルバール広場に行きました。世界遺産です。前に来たときも来たはずですが、全く覚えていませんでした。
「ダルバール」とはネパール語で「宮廷」という意味で、宮殿や寺院が立ち並びます。ダルバール広場はカトマンドゥだけでなく、パタンとバクタプルにもあります。
ネワール族の3つの王朝がカトマンドゥ、パタン、バクタプルに都を置き、それぞれの王が美しさを競い合ってダルバール広場を作ったそうで、現在残っているものは17〜18世紀に建てられた物が多いようです。
しかし、カトマンドゥ、パタン、バクタプルって、京都、宇治、大津って感じの距離感覚です。そんなに近接するところに王朝があると、争いの素のような気がしますが、実際はどうだったんでしょう。

ジャガナート寺院の朝。襲われるんじゃないかと思うくらい鳩がいます。ヒンドゥー教らしくお牛様もいらっしゃいますが、平和の象徴と聖なる動物というありがたみはあまりありませんでした。

シヴァ・パールヴァティー寺院。

シヴァ神とその奥さんのパールヴァティー妃が下界を見ています。

ナラヤン寺院とシヴァ寺院。

クマリの館。クマリ(生き女神)の家です。
クマリは密教女神ヴァジラ・デーヴィー、ヒンドゥー教の女神ドゥルガーが宿り、ネパール王国の守護神である女神タレジュやアルナプルナの生まれ変わりとされており、国内から選ばれた満月生まれの仏教徒の少女が初潮を迎えるまでクマリとして役割を果たします。
クマリは幼い頃から、社会から断絶された生活を送るため、幼児虐待や軟禁状態にあたると人権擁護団体から非難の声もあがっています。
このあたりの文化と人権との兼ね合いは難しいですね。
生き神というのはチベット仏教の影響があるのでしょうか。



ハヌマン・ドカ(旧王宮)。
これも多分入ったことあるはずですが、初めて見るところのように感じました。
旧王宮内は、歴代の王様の調度品や絵画などがたくさん飾ってあり、博物館になっています。
見て回っている途中で停電が2回ありました。暗くなるとほとんど見えないので、困っていると、職員らしき人は「5分待ってね」と全く慌てることがありません。いつものことなのでしょう。
しかし、1時間程度の観光時間で「5分待ってね」が2回もあると、2回目は待つ気にならず、暗い中をちゃっちゃと歩いて外に出てしまいました。日本人はせっかちなんですかねえ。

旧王宮の前はバザールになっています。

これはイギリス植民地時代に建てられた王宮だそうです。きれいですけど、レンガの建物や木彫りの細工が特徴的なネワール建築の中で浮いています。


<王宮>

私が持っていった古いガイドブックには「現王宮」、「ビレンドラ国王は世界でも指折りの金持ちらしい」と書かれています。
ネパールは以前来た時は王室があって、この王宮は高い塀の外から眺めただけだったけど、今は王室がなくなり、観光客がわんさか見学に来ており、隔世の感があります。
2001年にビレンドラ国王始め、ネパールの王族の大半がこの王宮内で銃撃されて殺されたという事件は、あんな平和な国でそんな大事件が!と大変衝撃的でした。公式発表された殺害理由は、王や王妃に結婚を反対された皇太子が一族を殺して自殺したということになっていますが、大変うさんくさいので、クーデター説が結構強いようです。
今回は中に入ろうと思っていたのですが、入場時間2時までに5分ほど間に合わず、門前払いを食らいました。またもや塀の外から眺めるだけ。無念。

海外研修記その17 〜ネパール編①〜

ダムから陸路でボーダーを超えてネパールへ。チベットとお別れ。ボーダーの手前で、ガイドさんとドライバーさんともお別れ。これから2人でラサに戻るのにどれくらいかかるんでしょう。
国境は谷間を流れる激流のような川で、川岸は崖のようになっています。中国側で出国手続きをして、橋を渡り、ネパール側で入国手続きをする仕組み。
まず、中国側で出国手続き。こんなに厳しい手続きは久しぶり。漢人の審査官にバックパックを開けろと言われ、めんどくさいなあと思いながらバックパックを開けた瞬間凍りつく。バックパックの一番上に本をまとめて入れていて、一番上に『ダライ・ラマ自伝』があったのです。やばい!と荷物を開ける振りをしながら、『ダライ・ラマ自伝』をこっそり荷物の下の方に押し込む。中の物全部出せと言われたらどうしようとドキドキしながら荷物チェックを受ける。
他の日本人も荷物を開けられて、チェックされてたけど、私の荷物チェックが一番長くて、かなりお待たせしてしまいました。
長くなった理由はガイドブック2冊。審査官が3〜4人で食い入るように見て返してくれない。時々盛り上がって笑顔も見える。ガイドブックの審査に何分かかってんねん、ちゃんと仕事しろ、いやちゃんと仕事されても困る・・・と思いつつ、笑顔で対応し、その他の荷物は余り見られず。『ダライ・ラマ自伝』は見つからず、セーフでした。
橋を渡り、ネパールの入国手続き。ネパール側の審査も結構厳しい。
国境の審査が厳しいのは、亡命問題のあるチベットの特殊事情でしょうか?


ネパールに入り、時計を2時間15分戻す。中国はあんなに広い国なのに、時間は北京時間1つだけなので、サマータイムどころの話じゃなく時間と生活がずれていました。
国境を越えると急に顔が濃くなり、言葉も文字も服も食事も変わります。数十m歩いただけでこれだけ変わる国も珍しいと思います。

国境の町コダリにいた子供たち。ネパールの子供もいい笑顔です。
チベット人より顔が若干濃いけど、インド人ほどではないです。
ネパールは、カトマンドゥはアーリア系の人が多くて、インド系の顔をした人が多いけど、田舎の方に行けば、日本人としか思えない顔をした人がたくさんいたりします。なんで日本語が通じないのか不思議なくらい似ています。ちなみに私は昔インドでネパール人に間違われたことがあります・・・。

コダリからバスでカトマンドゥへ。段々畑がすごい。日本ならすぐに棚田百選とかになりそうな景色がいくらでもありました。
山の上の方に家があるのがわかるでしょうか?人間ってどこでも生活できるんですよね。

このバスの乗り方、ネパールって感じ。道路交通法って知ってる?
カトマンドゥで日本人2人とお別れ。成都からカトマンドゥまで、道連れがいて楽しかったです。このカップル、チベットでケンカして険悪になったり、私に愚痴をこぼしたりしていたけど、彼らはその後も旅を続け、今も仲良く世界一周をしているようです。


<ナガルコット>
カトマンドゥから最寄りのヒマラヤの展望台の町、ナガルコットにローカルバスに乗って行ってみました。車掌さん(運転手の子供かな?)がバスの入口のところにずっと立っていて、バス停に着く度に大声で行き先の町を叫び、客からバス代をもらっていました。

働く男の後ろ姿。かっこいい。
バスは満席で、私は運転手の後ろ辺りにずっと立っていました。ナガルコットに行くまでは山道で、坂をくねくね登っていくのですが、バスの遅いこと、遅いこと。定員オーバーだからか、古いからか、遅いなあと思ってメーターを見ると、なんと8km/hしか出ていません。走行距離もすごい。
385786kmも走って、こんなにすし詰めで上や横にも人が乗っていたらしょうがないのかなあと、メーターを見て納得していたら、バスがとまっても8km/h!メーター全く動いていません。よく見ると燃料計もずっとEになっています。このバス大丈夫か!本当の走行距離は一体何キロなんでしょう。


ナガルコットでは11ドルの小奇麗なコテージに宿泊。ネパールでは高いホテルはUSドルで払わされることが多いです。日本円は全く通用しません。
ネパールで11ドル払うと、かなり快適な宿に泊まれます。高い宿は何がいいかってお湯シャワーが出るんですよ。ネパールの安宿は水シャワーしか出ないか、昼間だけ温水シャワーになる(太陽熱)とかで、気合が必要です。冬は辛いですね。
このホテルはシャワーは良かったのですが、電気がありませんでした。ロウソクとヘッドランプの明かりで過ごします。

ロウソクの明かりの中で食べるオムライス。なんだか高級そうに見えます。
もっと高いホテルは自家発電を備えているのか、電気がついていました。
ナガルコットはカトマンドゥから30kmちょっとなのですが、首都からこれくらい離れると、電気は標準設備ではありません。ネパールのインフラは相変わらず遅れたままです。


電気がないと夜何もすることがなく、暇だったので、1時間くらい首と肩のマッサージを自分でやってみました。数日前から寝違えたのか、ずっと首と肩が痛かったので、自分で揉んだり指圧してみたりしたところ、揉んでいるときはそれなりに気持ちよかったのですが、寝返りが打てなくなるくらい悪化し(寝返りを打とうとすると痛みで目が覚める)、腕が上がらなくなりました。
小人閑居して不善を為す。素人は余計なことをしない方がいいようです。
その後、カトマンドゥの「友愛マッサージ」という日本式マッサージ屋さんで、1時間コース(500円くらい)をやってもらい、だいぶマシになりました。やはりプロは違う。

ナガルコットの展望台から見た朝日。

朝日を浴びる山々。この展望台はサガルマータ(エベレスト)からマナスル、アンナプルナまで見えます。

太陽が上がった後の山々。
前にネパールに来た時に、ナガルコットはいいぞと勧められたのですが、チベット帰りの人には物足りないですね。

海外研修記その16 〜食べ物編〜

チベットの主食はツァンパです。ツァンパは麦の粉にヤクバターとバター茶を混ぜて、団子状に丸めて食べるものです。
材料的にも見た目的にもとてもおいしくなさそうで、一度挑戦したいとは思っていたのですが、結局食べないままでした。

バター茶。チベット料理と言えばバター茶。
乾燥した気候で失われがちな脂肪分と塩分を効率的に補給することができるチベタンの栄養ドリンクです。
お茶にヤクバターと塩を入れたもの。見た目はおいしそうなミルクティー
でもね、やっぱり味がバターなんですよ。まずい、おいしいの前に、バターを飲むこと自体日本人には抵抗があると思います。塩バタードリンクを飲むって想像してみてください。味がめちゃくちゃまずいわけではないのですが、飲むのが苦痛なんです。
ちょっと飲んでみたいという程度の気持ちで頼もうと思っても、バター茶の注文単位ってポットなんですね。紅茶のポットみたいなかわいらしいものじゃなくて、写真に写ってるポットです。お茶はみんなで飲むものという前提があるのでしょうか?
ガイドさんはおいしそうに飲んでいましたが、日本人3人のコップは一向に減らず。せめて自分のコップにつがれた分は飲もうと、頑張って3分の2くらい飲むと、またガイドさんがなみなみとついでくれます。わーい(T▽T)
結局ポットの大半を残してしまいました。



モモ。
モモとはチベットの餃子で、具は羊かヤクの肉です。トマトソースをつけていただきます。
ネパールでも一般的な料理として食べられています。日本でネパール料理の店に行っても必ずあるので、行くといつも注文するんですが、本当はチベット料理です。
本場チベットのモモと期待して注文しましたが、ネパールのモモの方がおいしいような。この店がいまいちなのか、ネパールの方が香辛料をふんだんに使っているからソースがおいしいのか。チベット料理は全体的にそんなにおいしくなかったので、多分後者です。

フライドモモ。
モモを揚げたものです。これはネパールでは見たことないような。ソースも中華っぽい。
見たまんまの味の揚げ餃子ですが、やっぱり蒸し餃子じゃないとモモじゃないような。

トゥクパ。
チベットのうどんです。あっさりめ。チベットの味付けは全体的にあっさりめです。

ボビ。
小麦粉の皮で炒めた野菜やヤク肉を挟んで食べます。
これはインド・ネパールの影響ですね。
味はまあまあおいしかったのですが、チャパティーみたいにやわらかくなく、パリパリしていて食べにくかったです。

ヤクステーキ。
なかなかしっかりとした歯ごたえでした。霜降りのかけらもありません。


[
チベットレストランに入ると、なんだか時間の流れ方がゆっくりになります。
このレストランは中にかまどがあって、お湯を沸かしたり、料理を作ったりしています。暖かいので、客もその周りに集まって、のんびりお茶を飲んだりしています。
レストランの中には猫がいることが多く、客に愛想を振りまいてくれます。でもテーブルの上に乗ると、お店の人に怒られて連れていかれてしまいます。すぐにめげずにまたやってきますが。
チベットレストランは、注文がちゃんと通っているのか不安になるくらい出てきません。注文してから長い間厨房から料理をしているらしき音がせず、ちゃんと作ってくれてるんだろうか心配になってると、気が付いたら、コックも客と一緒にテレビを見ていたりするので笑ってしまいます。


チベットレストランは開店が遅いです。朝食の時間帯に開いている店を見たことがありません。
朝食はツァンパだけで、お店で食べるようなものではないということなのでしょうか?
中華は朝早くから開いている店が多いです。だからチベットでの朝食はいつも中華。

おかゆと包子。安くておいしい安定感のある食事でどこの店でもはずれなし。
中華は注文してすぐに出てくる。客の回転も速い。
国民性の違いでしょうかねえ。

結局、チベットで食べた料理の中で一番おいしかったのは砂鍋。
あったまるし、安いし、おいしい。何の具を選ぶかにもよりますが、これ1つで100円くらいで、おなかいっぱいになるんですよね。
肉、野菜、豆腐など栄養バランスもいいし、餃子入りか麺入りか選べるのも良かったです。
食事に関しては、中華がやっぱりおいしいです。
チベットレストランでもチャーハンとか焼きそばとか中華系の料理を頼むとはずれがなかったです。
日本でチベット料理の専門店って行ったことないんですけど、チベット料理専門店は日本ではあまり受けないように思います。