前略 母上さま

お元気ですか?
いずみ寮というサナトリウムに入り、2週間が経ちました。
ここには色がありません。この部屋の中は、天井も壁も床も、机も棚もクローゼットも下駄箱も、風呂もトイレもカーテンもブラインドも冷蔵庫も全て真っ白で、心を無にすることができます。
部屋の窓から外を見やれば、一面の緑。研修所の敷地内も、隣の樹林公園も大泉中央公園も木がいっぱいで、森林セラピーを受けている気分です。
ここは外界から遮断されていて、すっかり世の中から隔離されてしまったように感じます。悟りが開けるかもしれません。


この建物には、私と同じ疱瘡、もとい法曹病にかかった人が600人ばかり住んでいるようですが、全て同じ作りの独房に押し込められており、朝9時過ぎるとぞろぞろと隣の建物に移動し、指定された席につき、みんな黙々と起案という作業をしています。
あまりにも静かだし、何を書いたらいいのかわからないし、私は時々叫びたくなるのですが、そんな勇気もなく、みんなと同じように下を向いてとりあえず何か書いています。
この作業の結果によっては、社会に戻してもらえなくなるようです。


私の部屋からはイチョウの木が見えます。
ここに来た頃は緑色だったイチョウが少しずつ黄色く変わっていっているのがわかります。
あの葉っぱが全て落ちる頃、私はこの世にいるのでしょうか?
それではまた、手紙を書きます。
かしこ